どこここブログ

10年以上続くナナブルクの人生譚

クリエイターの性

ものすごいモチベで集中しまくった翌日というのは

まるで嵐の過ぎ去った後の静まり返った町並みのように

モチベもすっかり通りすぎてしまってやる気が起こらないのが常だ。

例によって仕事中は作りたい!っていう意欲があるくせに

帰宅後は疲労+寝るまでの時間が定まっていないことが原因で

ここからここまで集中せねばといった感覚が生まれない。

それでも重い腰を上げて制作を開始できたのは

もはや、本作品がエターナるラインを

超えてしまったとみて良いのではなかろうか(フラグ

そもそも、自分以外の人を巻き込んでる時点で

エターナることは許されないんだけども。

しかし今にしておもえば、改変につぐ改変を繰り返し

このゲームでやりたかったことは大きく変わってしまった。

どのくらい変わったかって、Disc1だとフィールドを駆け巡り

幾多のドラマを描いてきたのに、Disc2に入った途端に

サウンドノベルがはじまってしまうくらいには変わった。

前も言ったかもしれないが、本来やろうとしていたことの

2割くらいしか実現できていない。

その原因はなんだったろうか。

・やりたいことがそもそも曖昧だった

・やりたいこととシナリオが合わなかった

・やりたいことを実現する技術がなかった

ざっと挙げればこんなところか。

これらの理由に囲まれて、いろんなことを経験として学んだし

やりたいことを捨ててシナリオを優先したわけだけど

その結果、タイトルの忍屋との相互性をとるのに難航した。

なのでこのゲームが完成したところで

本来思い描いていたものとは遠くかけ離れたものになっているし

なんで作ったのこれ?って自問自答しても

気づいたら作らないわけにはいかないところまで来てしまっていた。

としか答えようがない。

昔の生放送でいただいた記念絵の数々を時折見返しては

モチベをもらっている反面、そこに綴られた楽しみにしてます!

といった文面に心を痛めてしまうのはそのためだろう。

楽しみにしているという言葉は挨拶半分だと分かっていながらも

それでもその言葉を鵜呑みにしてしまいそうになるのは

クリエイターの悲しい性なのかもしれない。