・・・ろあ、お前は光だ。
たまに眩しすぎて真っ直ぐ見れないけど
それでもお前の側に居ていいかな・・・?
はい。
Discordの仲間たちに、はじめて忍屋のあれこれを聞いてもらって意見をもらって、ハッと気づきました。私は10年もの歳月忍屋を作り続け、時には挫折し、時には進みの遅さにイライラし、結果として心がぐちゃぐちゃになってたので、いつしか最終目標が「なんでもいいから完成させたい」になってました。ずっとこのブログ読んできた人ならわかると思いますが本気でそういう状態になってたんです。
で、現在のプログラマーのろあ君にこんなことを言われました。
「なんでもいいから完成させるっていうのを目標にしたくはない。どうせやるからには満足できる形として出して欲しい」
彼の忍屋に対する気持ちというのを初めて聞いた気がしたんですが、ほんとそうなんですよね。いや、ほんとそうなんですよ。当たり前のことなんだけどもうどっかに落っことしてきたような感情でした。いつからか、もうどこか忍屋というタイトルは自分には関係ないことだと思ってたのかもしれません。何を言ってるかわからないかもしれませんがそうなんですよね。いやあ月日というのは恐ろしいものです。でも彼の言うとおりなので素直に受け止めておきました。
とまあ目標の設定も勿論大事なんですが、たぶん問題はそれ以外にもあって、こういう気持ちって最初は誰もが持ってるものだと思うんですよ。なのに気がつけばその気持ちはボロボロになってすり減ってしまう。すり減った状態でもその気持ちを持ち続けることって相当難易度高いですよ。そうして疲弊しきった大事な気持ちのHPが0になったらもれなくエターナるわけです。
そんな大事な気持ちを元気にする方法が、今回のような仲間からの言葉だったり、待ってくれてる人からの応援の言葉だったりするんだと思います。だから応援って大事なんでしょうね。応援されたら元気が出て嬉しいなってわけじゃないんですよ。そもそも元気がないと満足する形で出せないんですよ。そんなことに気づいた夜でした。