どこここブログ

10年以上続くナナブルクの日記

物語の始まり方

天気:晴れ

物語の始まり方で、これはワクワクする始まり方だ!
と思った作品が、皆にはあるだろうか。

俺は正直ぱっと思いつかない。

忍屋の始まり方で悩んでるのもそのためだ。
そしてこの重要な始まり方について、俺はこれまでの作品で
恐らく一度も悩んだことがないことに、最近気づいた。

悩んでいないから、その始まり方たるや
なんとも適当でとてもほめられたものではない。

始まり方のダメな典型として数パターンある。
いくつか例をあげてみよう。

「テロップ型」
世界観や主人公の立ち位置などを、テロップで
だらだらと羅列され、いきなり説明が入るタイプ。
これは脚本家、演出家としてあまりよろしくない部類。
しかし誰でも思いつくし簡単だしすぐこれに逃げちゃう人も多い。
ただし、決定的に、面白くない。

「説明型」
主人公が自ら説明するパターン。
俺の名前はA。高校二年生のサッカー部だ。
こいつは幼馴染のB、気の強いクラスの人気者だ。

一件普通に見えるが脚本、演出として何のひねりもない。
これは見てる側も何がダメなのか気づきにくいタイプだが
本当に魅せ方、運び方が上手い人は、自らを語らず
ごく自然な会話の中でそれらを間接的にユーザーへ届ける。
上の例でいえばこんな具合。
おーい、A!早くしないと朝練に遅刻するよー!
ったく、今日はBの寝坊のせいだろ…。

こうすることで、AとBという名前が自然な流れで理解でき
Bの口調からその性格も捉えられる。
さらに朝練に二人で向かっていることから、何かしらの部活に
所属していて二人が仲のいい関係だということが予想できる。

「ムービー型」
テロップではないが、イベント的なものをずっとみせられて
全然主人公の本題というか目線で進んでくれないタイプ。
ユーザーが求めているのはあくまで主役目線。
それを主導として見せつつも、全貌が垣間見える伏線をはっていくのが
上手な魅せ方。

とまぁこんな具合なのだが、これを実践しようとすると
どうも自分の素直な言葉で描けないのが現状。
おそらく子供の頃はこういうことを来にせず、思いついたものを
そのままテキストに起こしていたから楽しかったのだろう。
これがいろんな知恵が入ってきたがために、それが邪魔して
全然綺麗に行かず、数多の小説家たちは今日も紙を丸めているのだ。

体験版完成まで、あと147日。

はー、どうしたもんかね。