どこここブログ

10年以上続くナナブルクの日記

面白い作品の特徴

今季のアニメをみていて、面白い作品とそうでない作品ってはっきり分かれるじゃないですか。それらはいったい何をもってそう判断しているのかを考えてみようと思います。

 

たとえばノイタミナの「約束のネバーランド」で考えみましょう。

 

知らない人のためにざっくり説明すると、孤児院にいる子どもたちが食用のために育てられていると知って施設から逃げる話です。この手のクローズドな作品は、未知の世界へのワクワク感で成り立っていますよね。で、得てしてその未知の招待が判明した途端に萎える傾向にあります。正体がわからないときのほうが楽しいパターンですね。

 

次に「どろろ」で考えみましょう。

 

12の鬼神に取られた身体のパーツを、該当する妖魔を倒すことで取り戻していくお話です。このパターンのいいところは、ちゃんと視聴者に進んでいる感をもたせられるところ。「1体ずつ倒して見返りがある」っていうのを繰り返す、ゲームでもよくやる手法です。聖剣3の神獣とかワンダと巨像なんかがこれです。ずっとルーチンに乗って事は進んでいくんだけど、最後にどんでん返しが待ってるパターンですね。

 

これらから気づいたのは、作品を見るとき「まだ見ぬものへの期待を持ちつつも、安定(安心)も期待しているんだなってこと。

 

どうなるんだろう!ってワクワクする半面、とりあえず最低限こんな感じで進んでいくよね?っていう大まかな予想はできてしまっているところ。普通なら予想がついちゃだめでしょって思いがちですが、ある種王道というか、安定を予想させてあげたほうが視聴者は安心して見れるというのは確かにあると思います。

 

約束のネバーランド」を例にあげれば、子どもたち全員で逃げよう!ってなるけど一人ずつ脱落していくんだろうなあとか、最終的にどれだけ残るかなあとか、こいつはすごく優秀だから主人公かばって死にそうだなとか、そういうのです。「どろろ」なんかはちゃんと12という数が決まっているので、それまでは安心して見ていられるため、それ以外のことへ集中できたりします。

 

シナリオには「あっと驚く展開」も大事ですけど「安心して楽しめる土台」も大事だよなあって思った次第です。

 

Web拍手レス

目論見が上手くいったのに聞き返しちゃうあたり、悪い人になりきれないというかなんというか

 

いやあ、ほんとなんで余計なこと言っちゃうの!って自分で思ってましたよね・・・