どこここブログ

10年以上続くナナブルクの人生譚

システムの保守派

RPGの宿屋にとまると全快する。

こないだの話から、システムも真面目に考えるようなった私は

風邪に伏している現状の自分と重ねてみて

何がリアルなのか、何がゲーム的なのかを考えてみることに。

人間、寝てるときが一番回復するのは事実だから

宿屋に泊まることで全快するのは何も不思議なことではない。

程度によるが風邪だろうが切り傷だろうが寝てれば治るだろう。

一泊とは表示してないわけだし?

となると次に疑問なのはHPの存在だ。

HPってなんだ?

グーパンで殴られたのが1減ったとして、それを100発くらったら死ぬのか?

おかしな話だがここがゲーム的な要素なんだろう。

格ゲーの0ドットまでピンピン動いてるのに小足で死ぬ現象に似ている。

ここ数年の格ゲーはその違和感を少しでも無くすために工夫はされているが。

回復アイテムも謎だ。

謎なんだけど、ここはもはやあったほうがゲームとして

面白いという理由だけで存在していてもいい気はする。

現実問題、回復アイテムの消失した聖剣LOMはほんとにひどかった。

戦闘終了時にHPは全快するし、最近はそういうのも増えてきたが

正直なんの緊張感もないし面白くもない。

あれこれ考えてるうちに、結局凝ったシステムを考えるということは

王道から逸れるということであって、王道が好きな私には

そもそも不向きな議題だということに気づいた。

きっとこれまでに根付いてきた自分なりの正解があるんだろう。

ならば変に変えずとも王道でいいじゃないかと思える。

王道を進みつつ、それでいて世界観と絡めて

システム派っぽいことをしてみてもいいのではなかろうか。

なにより、違うことをすると作りにくい+わかりにくいし。

システムが普通でもシナリオ見て欲しいから別にいいやって思えるあたり

やっぱり私はシナリオ派なんだろうなあと再認識される。

シナリオ派っていうのは、システムの保守派のことをいうのかもしれない。