自己の答え
画像:勉強会
天気:晴れ
生放送で大分前に「絵の師匠」になってくださいとか
そんな感じの話題になったことがあるのだけど
絵の師匠になるということは、自分の絵柄を押し付けて
しまうことになると思っている。
ただ単純に勉強会としてやっていれば
大体の人が納得してくれるような内容だけに留められるけど
個人的に絵について悪いと思う箇所をすべて突っ込んでいると
それは大衆が納得する意見ではなく、個人的な正解の押し付けに他ならない。
なので俺はどうしても、自分が絵に対して思っていることを
絶対的にこういうものだ、と言い切ってしまうことができないのだが
それが出来る人は、相当な「絵」に対する自信があるのだろうと思う。
俺にとっていつからか絵は特別なものではなくなり
自分の作品を作る上での一過程でしかなくなってしまった。
きっとそれが今のこのなんとも言えない気持ちを作っているのだと思う。
その一過程でしかない俺が、ただ人に教えることは好きだ、というだけで
絵を教えているっていうのもおかしな話だが、もうそこは
以前の記事でいうところの、承認欲求が起こしてしまうリビドーに似たものだと
そう解釈して無理やり納得させてしまっているわけだ。
このもやもやがなくなる日は、いつになるんだろうね。
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習慣の記録
自炊○
筋トレ○
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ゼノギアス進行度
やってなす
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全滅回数
7回