どこここブログ

10年以上続くナナブルクの人生譚

RPGにおける狙われる側

以前、世界とカジノという記事を書いたことがある。

で、今回FF15を見てて気づいたことがあるのでメモ書き。

なぜ世界がピンチな時にカジノに入り浸れるのか?

っていう話だけど、前回出た答えは記事を読んでもらうとして

今回新たに気づいたのは、狙われている対象だった。

たとえば。

多くのRPGの場合、狙われているのは「世界」だったりする。

しかしこれが、主人公自身を狙ってきたり

ヒロインをピンポイント狙ってくる話だったりすると

途端に他人事ではなくなり、寄り道に違和感が生まれる。

メテオが降ってきて世界がピンチ!ってなっても

対象がでかすぎて、スノボーしててもフラグたちゃしないでしょとなる。

しかし対象がヒロインであるブレスオブファイア5だったりすると

寄り道イベントがあったとしても、ゲームとわかっていながらも

第一にヒロインの心配をするのではなかろうか。

例によってどちらも未プレイだけども。

で、今回FF15

シナリオ的に例の映画後のタイミングでノクトが絶望したあと

イベント仕様に動かされ、割り切ったかのように写真撮ってる姿を見て

ああ、FF15の方針として、それを良しとしたんだなと感じた。

それと同時に、なんでFF7のメテオとこうも違うのか考えて

FF7は世界が標的であり、FF15は自分自身、もしくは身内

王国が標的となっているから生まれている現象だと気づいた。

未プレイだけども。

さすがにAAAタイトルともなると、さくっと終わらせるわけにはいかないし

ずっとシリアスだと、シナリオの勢いは出てもゲームとしての深みが減るので

これはそういうものなんだとスタッフも苦悩した部分のかなあと考えてました。