どこここブログ

10年以上続くナナブルクの日記

劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン

ご多分に漏れず、公開初日のレイトショーで見に行ってきました。以下、まだ見てない人は先に見てきましょう。

 さて、開幕5分くらいで泣いてた人も少なくなかったでしょう今回のヴァイオレット・エヴァーガーデン。かくいう私もその一人で、本編で泣かせてきたのに、それをもう一度ぶつけてこられたら、そりゃもうだめですよ。ついでにいえば、この開幕5分に限らず、この映画は劇中に何度泣かせれば気が済むんだ?ってくらいには泣かせにきてましたね。逆に最後、海へ飛び込んだ後の二人が泣きまくるシーンは「ほんとよかったねえ・・・」っていう親心みたいな気持ちになってて、むしろ泣かないって展開になってました。

誰が見ても感動する部分は書いても野暮なので割愛しますが、本編を見ててすごいなあって感じたのは、少佐の描き方について。少佐って、この物語において重要人物のはずなのに、本編にはほとんど出てこないじゃないですか。出てこないというか、出てこれない。出るのは回想の中だけ。そりゃあ、半ば死んだように描かれてるから当たり前なんですが、そんな「ほぼ会話をさせてもらえないキャラ」なわけですよ。

喋れないから、その人物設定を他のキャラと比べると、10話分くらいは差をつけられるわけです。他のキャラは10話分の思い出が蓄積されるじゃないですか。でも少佐には過去しかない。そんな状態で今回の劇場版、中盤にふわっと匂わせてきて、ここで始めて少佐というキャラを描ける許しが出てるわけです。それでいて設定を詰め込みすぎるわけでもなく、ちゃんと考えればどちらの気持ちも理解できる脚本、流れに仕上げられていることが凄いなって思いました。これで少佐の心情に文句を言ってる連中がいたとすれば、それは単純に読み取れてないだけでしょう。

あと、中盤から出てきたときに少佐が生きてるのか回想なのかわからない感じで描いていたのがとてもうまかった。生きてるよね!?ってちゃんと思わせてくれたのは船の中で、それは私の帽子だって大佐がいったところですかね。

これがもし、最後の最後まで隠しておいて最後にドン!って出してしまうとポッと出のペプシマンになってしまうし、最初からバリバリ生きてますよって出しちゃうと感動が薄まるし。そういった駆け引きの中で、最高に上手な演出のもとに少佐を描いていたなあと思いました。脚本すごい。

ここまで褒めまくってるわけですが、以前お話したゲーム批評よろしく、日本人は減点方式で採点してしまうので、あまりにすべてが良いと何がよくなかっただろうと考えてしまうわけですが・・・。唯一気になったのは、終盤ヴァイオレットは子供に手紙を託すわけですが、その手紙を「絶対渡すね!」って無邪気に受け取った子供が、おしゃれにもゴンドラを使って送るシーンがあるじゃないですか。

その手紙が何の固定もされずに海辺の断崖絶壁を隔てた空間を横切っていく様が「いや風でとんだらどうするねん!」って気持ちになってしまって、せめて石で飛ばないようにするとか、紐でくくりつけておくとか、そういうのがあればよかったかなあ・・・って思ったくらいです。別に演出的にそのままにしましたと言われれば、そうですよね。ってなるのでほんと些細なことなんですが。それくらいしか思いつかない程度には大満足でした。

入場者特典がないってのも布石だったのか、まさかの映画が終わってから退場するときに配るっていう粋な演出でした。おかげで大渋滞が起きて、ソーシャルディスタンスとはって感じになってましたが、本編みたあとにあの特典はずるいですね。大佐の株を上げてからのさらに上げてくるっていう。大佐のIFストーリーはうちの嫁が大喜びでした。ああいうのを原作者が自ら書いてくれると、助かるってやつですね。