どこここブログ

10年以上続くナナブルクの日記

同情で悪事は許されるのか

忍屋は4章構成なんですが、それぞれの章がそのまま起承転結になってます。

 

で、承の部分。つまり2章の内容って、本筋から少し離れているというか、悪い言い方をすれば尺伸ばしにあたるんですね。ドラクエ3でいえばオーブ集め。聖剣3でいえばマナストーン集め。

 

そんなわけで、これまで悩んでたシナリオって、1、3、4章のことだったんですが、それがようやく綺麗にまとまったので台本進めてて、3章に差し掛かる前に違和感に気づいたわけです。

 

(この2章のこと、あんまり深く考えてなかったけど

よく考えたらいろいろとまずくない・・・?)

 

具体例を書けないのが日記のもどかしいところですが、簡単にいえばタイトルにある通り「同情で悪事は許されるのか」って話です。そしてその答えも簡単に言うと、悪事の大きさと被害の大きさによるんですよね。

 

■事例:1

貧しい女の子がパンを盗みました。

でもそれは弟に食べさせるためでした。

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犯人:女の子

悪事:窃盗

被害:パン1つ

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これでブチ切れるひとなんてまずいませんよね。

誰だって、うんしょうがないってなる。

これに怒れるのはアラジンの露天商くらいでしょう。

 

■事例:2

村では10年に一度、女の子をひとり生贄を捧げる習わしがありました。

しかしそれは、悪竜から村を守るためでした。

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犯人:村長

悪事:殺人

被害:女の子ひとり

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よくある話ですが、許せるかどうかは分かれると思います。

古くからの習わしだし、多くを守るために一人の犠牲は仕方ない感もあります。

 

■事例:3

ある巫女を殺せば世界は救われる世界。

世界よりも巫女を守ると誓った勇者。

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犯人:勇者

悪事:殺人

被害:世界

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先ほどとは助かるものの大きさが真逆のパターン。

どうみてもこっちが主人公側で描かれるので同情しかなさそう。

 

とまあこんな具合に、悪事と被害の規模、また見せ方ひとつでいくらでも同情の余地は変わるんですけど、忍屋の現状の2章だと、どうにも私の望む形になってくれなかったので、そこはがっつり展開を変えることにしました。私は相変わらず、できることなら人は殺したくないんです。今回の決断で、ふわふわしてた2章がまとまりのあるものになってくれたと思います。

 

■ 新生忍屋シナリオ進捗

第一章|6節|1116行|完成

第二章|6節|945行|完成

第三章|-

最終章|-