どこここブログ

10年以上続くナナブルクの日記

ネガティブスパイラル

プログラマさんが重さを作ってくれた。

システム周りも少しずつぽくなってる感じ。

(重さ実装)

このGUIでいくと、漢字一文字のほうが良い気がするので

『軽・並・重』の三段階くらいにしようかなあ。

0~50%までが軽で、51~100%が並。

制限を超えると重といった具合か。

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さて本日の本題。

作ってて嫌になることだらけで困ってたので理由を考えてみた。

結論、答えは出たが解決はしてない。

この作品はキャラが生きてない。

酷い有様だ。

こんな気分は初めて味わっているので

ある意味貴重な体験なんだろうけど心苦しい。

前に話題にあがった表現を使えば

『キャラが勝手に動いてくれない』というやつに近い。

以前、私はこの勝手に動くというのを、言い換えれば

『詰まることなく制作がさくさく進むこと』だと言ったが

やはり、そこと密接な関係があるように思う。

なにかといえば・・・

『別の方面で』詰まってさくさく進まないから

キャラが勝手に動く余裕がなくなる。

というのが正解だ。

お分かりいただけるだろうか。

ツクールとは本来、何も自分で頑張らなくても

最初から欲しい素材もエディタも存在していて

実質詰まることなんて無いに等しく

ゲームイベントにだけ集中して作れるツールのはずだ。

それはつまり、キャラの生き様に全労力を注ぎ込めるということ。

そうなればキャラは生きるだろう。

その結果、面白いか面白くないか?とかいう問題ではない。

自分が作ってて楽しいと思える状態こそが大事なのだ。

自分が作ってて楽しいものが面白くないわけがない!

・・・なんてお花畑なことを考えているわけではない。

だが、少なくとも自分は楽しい。

これがいかに大切なことかを知っていれば

それ以外の部分に邪魔される苦痛がどれほどのものか分かるだろう。

私の持論はこうだ。

自分が最高に楽しめているもの

その勢いのあるときにしか作れないものは

必ず誰かしらの心を動かせる。

それほどまでに、製作者側が楽しめるという力はすさまじいのだ。

過去を振り返って身を持ってそれを知っているので

あながち嘘ではないと思う。

この忍屋というゲームは

本来のツクールの良さをまったく使えていない状態なわけだ。

それに加えて

台詞の文字数制限という初の試みであったり

初の横スクロールという作りづらさであったり

ステルスアクションRPGという謎のジャンルであったり

そもそも個人で作れるキャパの問題であったり

そういった諸々の理由で、各キャラにスポットを

あてる元気がないという事態が起きているようだ。

いやあなんとも恐ろしいスパイラル。

なるべくしてなった今の状況。

これらのネガティブスパイラルに気づいたところで

出た結論はひとつだけ。

さっさと終わらせたい。

かなしいかな、ただそれだけである。

次回作への踏み台になってくれることだけが

唯一の救いかなあ。